Self Build City “Pejjite IS”

砂上の楼閣シンドローム

「まるで糞ころがしだナ!」

ユンボ(シャベルカー)を操作しながら思う。営々と土砂を運びパネルを積み上げる毎日である。

小さな個人が不相応に大きな建造物を作ろうとすれば、気の遠くなるほどの単純作業が必要になる。図面をなぞったり測量するのは楽しい工程だが、何かをかたちとして実現させるには肉体を酷使する日常を覚悟しなければならない。

想えば、夢中になって砂と格闘した浜辺で、子供たちは完成プランなど持ち合わせていたろうか?夏の陽の下、波打ちぎわにとめどなく長城は拡がるが、夕暮れの人恋しさに振り返ると、在るべき楼閣は跡形もなくなっていた。夢のかたちを追い求めるにプランなど必要ないのだ。

いずれ人はいなくなるし、築きあげた物も灰燼に帰すだろう。人の所業だけが自然の摂理から逃れられるはずもない。残るものといえば焼け焦げて汗臭い肌と四肢を痺れさせる疲労感!それに打撲のアザか切り傷でも加われば上出来だ。求めているのもそのようなものに他ならないのだから…。

創造の醍醐味はそれに没頭してはじめて得られる。もくろみも精一杯大きくしたほうが楽しい。いくら背伸びしたって個人がイメージできるのは己の能力の枠内に限られている。そう、夢は実現するためにこそみるものなのだ。ただし、夢みることとそれを実現することの間には相応の落差が不可欠だ!それは、アザや切り傷どころでなく命がけで埋めるものであるべきだ。容易に成就する願望では『夢』とは呼べない。

己の能力を限界まで絞り出せたとき、ひとは満足感とほぼ同量の空虚感を覚える。そして、そこでは新たな夢想が胎動をはじめているはずだ。

際限のない夢の連鎖は業苦に近いものだが、無上の歓喜に思われるときもある。多くの場合その相反する思いは交互に自覚される。ひとたび至高と奈落を乱高下する軌道に入るとそこから離脱するのは困難で、振幅のない日常には耐えられないだろう。

望むのは困難な課題であり、さらに困難な課題をイメージできる自分だ。いずれは消えてしまう構築物ではなく、今を生きている実感なのだ。

自らの存在の証は己の内側にしか築けない。


                            2006年12月9日 縄 文人



What is Pejjite IS ?

『5万坪の森を切り拓き、都市をつくる。そこで水上飛行機を作り、大空に飛び立つのが夢』

縄 文人(なわふみひと)こと比賀健二氏は、40代前半に17年間勤めた中学校美術教師を辞め、山梨県道志村の千坪にセルフビルドで工房、ギャラリー棟、住居棟からなる3棟の建物を約6年の歳月をかけて建設した。

そして完成から3年後、2001年の晩秋のこと。著書『いえづくりをしながら考えたこと(エクスナレッジ社)』のために寄稿したテキストに、こう書き残されている。



―念願の夢を実現してさぞかし満悦だろうと思われがちだが、夢の本質は現実離れしたところにある。実現した夢など気の抜けたコーラのように甘いだけなのだ。もし満足すべき点があるとすれば、以前に比べると夢見ることに長けてきたことだろう。総天然色でも三本立てでも、以前には思いもつかなかったような悪夢が次々に飛び出してくる―




それから2年後、日本のとある場所で、一人の人間が思い描く悪夢である『Pejjite IS』の建設が始まった。

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