比賀流 快楽的セルフビルド入門

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第1回 [ 快楽的 ] 土地探し術

ひが・けんじ>経歴四十半ばにして、自分の居どころを捜し求めた。
ものづくり(木工芸)の腕を活かし、全部自分でつくってしまおうと考えた。
木を伐り倒し、土を掘り返し、コンクリを打ち、石を張り・・・
丸四年ののち、建物ができあがる。
ギャラリー「Pejjite(ペジテ)」苦労も多かったけれど、得たものは大きい。
家づくりなんてカンタンだ。
考えているより、やってみよう!



千坪の土地に百坪の家を建てよう!

Pejjite (c)馬場ゆかり世はまさにバブルの最中だった。今から考えると本当に異常な時代だったんだなあと思う。そんな時に、よくもまあ「千坪の土地に百坪の家を建てよう」などと考えたものである。
もちろん、資金が潤沢にあるとか、親譲りの広い土地があるとか、計画実現のためのファクターがあれば不可能なことはないのだが、手持ちの資金ではウサギ小屋さえも満足に買えそうになかった。ほとんど思いつきに近いような計画であったが、思いついたら実現したくなるのが人情で、僕は人情の厚い人間であった。

何かをやろうとすればまず必要になるのが場所の確保。つまり土地探しである。先立つものが無いので市街地の土地など論外!と思い込みがちだが、近郊の地域でも意外とまとまった土地があったりする。
傾斜の急な則地であったり、市街化調整区域内であったりで、整備された宅地というわけにはいかないが、用地で浮いた費用を建築費に廻すとか、作業場だけを建てるつもりになれば活用できないわけではない。
それでもやはり千坪の広さの場所を探し当てるのは難しい。市街地近辺はごみごみしていて夢も無い。
やはり、広くて安い土地を探すなら辺ピな所にいくに限る。


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とにかく腰を上げてみることだ

土地探しルック土地探しの基本はフットワークである。とにかくウロウロ徘徊してみる。
しかし血眼にまでなってしまうと視野が狭くなってしまうのであせりは禁物である。
週末毎にドライブに出かけるつもりで、ペンションでも予約してゆっくりと出かけよう。

僕が徘徊したエリアは、伊豆半島、房総半島南部、富士五湖周辺、相模湖から富士見町までの中央線沿線、など等相当広範囲にわたる。
変わったところでは、帰郷したついでに広島市周辺の島々も見て回った。どうせ仕事は辞めて取りかかるきづもりでいたのでエリアはどこでもよかったし、いろんな場所を比較してみると新しい発見もある。地形図を利用するのも効果的な方法だ。
国土地理院の1/25000地形図は全国を網羅しているし、正確だ。

車で見て廻っただけでは気づかないような場所に素敵なポイントを発見することがしばしばあった。車道からは気づきにくい場所だというだけでひとつの特色にもなりえる。エリアを絞り込んだら、ぜひ地形図を見ながら徘徊されることをお勧めする。
地形図は大きな書店なら手に入るが、もっと手っ取り早いのは役場に行くことだ。
大抵の役場には、町や村全体の地形図が備えてあり、無料でもらえることが多い。
最近は村おこしとかでその他にも各種の案内やらパンフレットがおかれているので一緒に集めることもできる。

役場に限らず公共機関は大いに利用したほうがよいが、一番の穴場は裁判所である。いわゆる競売物件で、景気が低迷している今では地方の支部にも沢山の物件が出されている。
土地だけの場合は権利関係も複雑ではないことが多いので一見の価値はある。気に入るものにうまくめぐり合えれば、市価の5~6割の価格で購入することができる。最近ではホームページや FAXでも物件を紹介している裁判所が増えてきているので以前に比べると格段に利用しやすくなってきた。


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村役場は情報の宝庫 - しかし意外な落とし穴も

「道志村」への道徘徊した結果気に入った場所を見つけた場合利用するのが法務局である。いわゆる登記所と呼ばれている役所で、その土地の所有者や面積、権利関係などを調べることができる。
ただし、公図や登記簿は、慣れていないと該当する土地の地番を探し当てることさえ難しい場合もあるし、田舎では登記されていない土地さえもある。
手っ取り早く事を進めるには、再び村役場に出向き役場の人に直接尋ねてみるに限る。多分、世間話も交えながら所有者の性格まで教えてくれるであろう。

ただし、この手っ取り早い方法には落とし穴がある。
役場は村内情報のキーステーションであって、えたいの知れないよそ者がだれそれの土地を物色しているという話は一両日を待たずに村内全域に知れ渡ってしまうのである。
もし所有者が、家庭の事情で土地を処分したいと思っていても、そうなったらもう身動きがとれないのだ。
田舎の土地のほとんどは先代から引き継がれているもので、所有者といえども次世代に譲り渡すまでの「管理人」にすぎないのである。
先祖伝来の山畑を、よそ者に売り渡したとなると地域でも家庭内でも非難されることになってしまうのだ。- 買い取った人間が、万一オームの信者であったら自殺ものである -

面倒でもまた法務局に行って密やかに調査を続けた方が近道かもしれない。
ただし、買い取るのではなく、土地を借り受ける場合はだいぶ様子が変わってくる。
この国の山林の殆どは手入れされることも無く荒れるに任せられている。
立派な杉や檜が育っていても搬出する人件費のほうが高すぎて手がつけられないのが実情なのだ。
役に立っていない土地を貸し出して収入が得られるようにすることは、逆に「管理人」の功績となるのである。


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所詮は「 遊び場 」- 土地は、身軽な借地がいい

時代も時代であったし、資金も無かった僕としては自然な成り行きとして借地の方法を採った。
自慢にはならないが僕は面白全部で家を建てようとしているのであって
子孫のために財産形成を企てているわけではない。
自分の遊び場さえ確保できればその根拠が所有権であろうと賃借権であろうとかまわないのである。

そもそも、財産を築き上げることは罪悪だと思っている。子孫はそれを守るために人生を 送らなければならなくなる。野球でもサッカーでも守るより攻める方が面白いにきまっている。
もし、ついつい蓄財の罪を犯してしまったのなら、福祉団体にでも寄付してしまったほうがいい。

- アレ -。
みょうに威勢のいい説教話をしてしまった。長く教員生活をしていた後遺症ともいうべき現象で、
高い場所から分別くさい話をしてしまう悪い癖が抜けきれない。展示場やカフェテリアを開業した今でも、
なれなれしくお客に説教をはじめてしまいけむたがられている。「反省!」。

現実には今と変わらぬ金欠状態で、徘徊するための高速道路代にも事欠き、
誰かにカンパでもしてもらいたい思いであった。


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「 土地探し 」のための5つのポイント

建設用地を決めるときの注意点をまとめて、土地探しの項目を終えることにする。

.希望の土地の地権者が一人であること。複数の人の所有にまたがっている場合は交渉がまとまらない。
.生活用水が確保できる場所であること。(水が得られない土地は価値が無い。)
.災害の危険が少ない場所であること。(落雷や山火事は防ぎようが無いが、土砂崩れの危険は
  避けるべきである。造成工事中は土地の保水力が低下するので、すぐに後悔することになる。)
.これは趣味の領域になるかもしれないが、自分のイメージどうりの空間を作るためには   隣接して他に建物が建たないような場所のほうがよいと思う。
.「土地神話」が崩壊した現在ではあたりまえのことだが、土地の値段はあってないようなもの。
  探し方や交渉のしかたで決まっていく。予算が少なくても妥協する必要はない。


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山林を伐り開く!のはやっぱり独りじゃむりだった

やると思えば造成だって遊び場の確保ができたら、いよいよ建設工事に取りかかることができる。土地探しにはおよそ2年間をかけていたので場所を決めたときはともかく嬉しかった。
はやる気持ちはあったが、土地は杉や檜が植林された傾斜地であり、実際に建物を建てる前にしなければならない事が文字どうり山積していた。

その土地に育っている木を使って建物を作ることは物事が完結していて理想的なのだが、開拓地の質素な丸太小屋ならともかく、多少なりとも現代的な生活を営む場所にするためには製材し乾燥させた資材が必要となる。三反歩の山林に密生した立木を搬出することは教員を辞めたばかりの男には無理な仕事であった。

幸い林業の盛んな地域で近くに伐採を生業にしている人もいたので、立ち木を譲り渡すことで伐採・搬出をやってもらうことになった。
今になって思えば、もっと有効な活用の方法もあったと思うが、思いつきでしか動けない無計画なO型人間にはいたし方の無いことではあった。
その代わり、その時知り合った「伐採屋」の公徳サンにはその後いろいろな事を教わることができた。


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創造を超えるアイデアは、他人から得るものだ

なぜ設計者に頼むのか?建物は、最初から三棟造る計画だった。作業場と住居、それに展示棟である。
作業場はともかく、あとの二棟は楽しい建物にしたかった。
誰でも自分のイメージする理想的な居住空間というものがあるけれど、それを実現するのにとどまらず、想像もできないような空間というものが欲しかった。

生活空間を変えることは生活そのものを変えることにつながるように思えたからだ。創作活動を始めたくて教員の仕事を辞めたので、いつも制作意欲を啓発してくれるような場所に仕上げたかったのだ。
自分の想像を超えた建物を建てるためには誰かにアイデアを提供してもらわなければならない。最初から自作するつもりだった作業場を建てながら、設計者探しを始めた。

第2回へつづく・・・


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コラム

ひとくちコラム 「 東京の灯 」 の巻

建築地として選んだ道志村以外にもいい場所はたくさんあった。
南伊豆では、戦後の開拓地の一角が売り地になっていた。
海が遠望できる台地の上にあって、伊豆名物の冬の西風を遮る林もあった。
千坪で900万円という価格も妥当なものだった。

しかし,決められなかった。現実にそこで暮らすことを考えたとき、耐えられる自信がなかったのだ。
一番近い下田の街まで40分。東京まで行くのは一日仕事である。

自分が、そのまま、伊豆の広葉常緑樹の緑の中に埋没してしまいそうで、ある種の恐怖感さえ感じた。
以後、伊豆を徘徊することはやめてしまった。
道志の谷は、丁度、富士山と東京を結んだ線に重なって伸びている。
晴れた夜には天頂の星*は美しく輝いているが、東の夜空に星はない。街の灯り。

そう、「東京の灯」が望めるのだ。田舎暮らしといえどもアクセスのよさは大切だ。
中央道を使えば一時間あまりで首都高速に入れる気安さはかえがたいものだった。
そもそも田舎でなければならない理由などなかったのだ。
都心に千坪のスペースと自然があればその方が良かったのだから。

今夜も晴れだ、夜明け前のように白んでいる東の空を見上げながら、
一人、ウイスキーのグラスを傾けるのであった。

東京の灯


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